エシックスとビジネス[基本科目(200番台)]

担当:西谷 幸介教授

西谷 教授「エシックスとビジネス」の講義を受講して

林 順一さん(2013年博士課程修了)

履修した理由

現在のビジネスの考え方・枠組みは、西洋の影響を強く受けています。例えば、コーポレートガバナンスやCSR、ESG投資といった概念は、すべて西洋で生まれ、西洋で体系づけられて、わが国に導入されたものです。従って、これらの概念を深く理解するためには、どうしても西洋の考え方を学ぶ必要があります。そして、西洋の思想の根幹には、キリスト教精神に根ざした倫理観・規範(エシックス)があります。
私が英国の大学院で学んでいた時に強く感じたことは、欧米の学生たちの認識・考え方には共通のバックボーンがあるということです。例えば、授業で先生が何かの話をした際(内容は忘れてしまいました)、欧米の学生は共通して大笑いしましたが、普通の日本人にはその意味がまったく分かりませんでした。後でオランダ人の友人に聞くと、それはキリスト教の逸話に基づいたもので、キリスト教を深く信じているか否かに関わらず、学校で習っていることなので誰でも知っていることだと言うことでした。これは、キリスト教の教えが、欧米の人々の考え方、道徳観に自然に反映されて浸透している証左であると言えます。
欧米の思想の根幹にあるキリスト教精神に根ざしたエシックス、それをビジネスと関連づけて、深く学べる機会はそれ程ないと思います。キリスト教徒でもない私ですが、せっかく青山学院大学で学んでいるので、この機会を活かそうと考えて、西谷教授のこの講義を履修しました。

講義で学んだこと

私にとって、それぞれの講義が印象深いものでした。私が特に印象深く学んだ講義内容は以下の通りです(過去のことですが、現在形で記載しています。また一部の講義を省略しています)。まず第1講で、ミルトン・フリードマンの有名な命題「ビジネスの社会的責任は、その利潤を増やすことである」を批判することからスタートします。そして規範(should)を語る学問の重要性が指摘されます。
第2講では、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教における重要な概念を学びます。例えば、最近日本でも盛んに用いられている「スチュワードシップ(受託者責任)」という言葉の、元々の意味が説明されます。その中で私は、聖書における預言者たちの真剣さが、「西洋文化における究極的な真摯さ」を生み出し支えてきたという説明が、特に印象に残っています。これが「インテグリティ」(米国のビジネスでは良く用いられますが、日本人にはなかなか理解できない概念です)を持つということの意味だと理解しています。
第3講ではアリストテレスの倫理学、正義概念、貨幣論が展開され、第4講で貨幣の成立過程を概観したうえで、貨幣の持つ負の側面(貧富の格差の拡大)が解説されます。これはベストセラーとなった、トマ・ピケティの『21世紀の資本』での指摘に繋がるものです。そして第5講でエシックスとは何か、第6講でストア自然法倫理とキリスト教が解説されます。ここでは、イエスの革命的原理(絶対的自然法)が、世界三大革命(ピューリタン革命、アメリカ独立革命、フランス市民革命)を経た近代プロテスタント・キリスト教会において、現実に適用され始めたことが指摘されます。
第7講で、マックス・ヴェーバーの『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』が解説されます。ルターとカルヴァンの共通点と相違点も詳しく説明されます。詳細な説明は省略しますが、これだけの深い本質的な解説は、他では聞くことができないと思います。第8講ではキリスト教と人権について、ルソーの社会契約論と人権宣言の相違点、人権宣言の系譜を学び、また第9講でキリスト教と近代デモクラシーの歴史的経緯などを学びます。ここで、多神教、単一神教と唯一神教の違いが説明されます。
第10講で、アダム・スミスの自由市場経済倫理が解説されます。ここで、スミスが道徳と経済を共に重視していたこと、そしてカントの道徳律とスミスの共感との違いが説明されます。私は講義を聞いて、英米とドイツの社会経済構造の本質的な違いが、スミス(英米)とカント(ドイツ)の違いに現れていると理解しました。第11講では、マルクスの統制経済倫理が批判的に説明されます。
そして第12講で、ロールズの正義論が解説されます。何が「正義」なのかということは、簡単には決着しない論点ですが、私は西谷教授が、ロールズの正義論の2大原則 ― ①平等な自由の原則、②民主的な平等の原則 ― について、「2大原則は哲学的に探究される類の真理ではなく、宗教的に啓示され規範化されるべき事柄である」と指摘されたことに深く感じるところがありました。

実際の仕事に生かしていること

ビジネススクールで学ぶ事項には、直ぐにビジネスに役立つ内容と、長期にわたり「じわじわ」と役立つ内容があります。本講座は後者になります。私は欧米の考え方を理解するに際して、そしてビジネスでの意思決定を行うに際して、本講義の内容を役立てています。本講義の内容は、一人で学ぶことが困難であり、またこれだけの深さのある内容を平易に解説して頂ける機会はほとんどないと思います。いい機会だと思います。ご関心のある方の受講をお勧めします。

※科目履修生として、2015年度の西谷先生の「エシックスとビジネス」を履修